明るすぎる海

これらの文章はすべてフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

大野球峠(4)ブルーベリー・ナイツ

【大野球峠 第四章「ブルーベリー・ナイツ」】

 

<強烈高校 スターティング・メンバー>

 1番・ピッチャー  東

 2番・キャッチャー 森

 3番・ファースト  渋谷

 4番・ショート   柿下

 5番・セカンド   加藤

 6番・サード    栗山

 7番・センター   長谷川

 8番・レフト    鬼ヶ島

 9番・ライト    レイモンドJr.

 

 コイントスの結果、先攻は国際教養大学野球部、後攻が強烈高校野球部になった。

「ふっ、いきなりついてやがる。後攻めだから、九回表にKOされることはない」

 梶野は笑っている。しかしKOも何も、相手は大学生、それも半端なチームではない、全日本大学野球選手権覇者である。そもそも誰も勝てると思っちゃいない。そう、ただ一人、この男を除いては……

「よし、とにかく一回表を抑えようじゃねえか! 頼むぞ、森」

 東はやる気まんまんである。それもそのはず、中学まで野球漬けの生活をしていた彼だが、まともな野球ができるのはなんだかんだ高校入学以来のことなのである。それにこんなちぐはぐのチームで甲子園を目指そうという野郎だから、相手がたとえ大学日本一の強豪でも恐れはしないのである。

(ククク……相変わらず気持ちのいいバカだぜ。やっぱりこいつがいねえと始まらねえな。とはいえ、やる気だけでどうにかなる相手じゃないけどな……まずはお手並み拝見ってとこか)

 一回表。国教大の打者は一番・センター、アームストロングである。国籍はアメリカ。レゲエでもやってそうなドレッドヘアの黒人である。

「何だと、いきなり助っ人外国人かよ」驚く東。

 投じた一球目は、125キロのまっすぐである。そこまで速くないが、ノビがあり、しっかりアウトローに制球されている。左打ちのアームストロングはその球を器用に流し打ちした。ショート・柿下のグラブをはじき、球はレフトへと転がる。鬼ヶ島が拾い、セカンドへと送球しようとすると、その瞬間もうアームストロングは二塁に滑り込んでいた。ベンチでは名将・黒船宙船がニヤリと笑みを浮かべる。梶野に麻雀でやられたうっぷんを、この練習試合で存分に晴らしてやろう。そんな大人げない心づもりである。

(フフ……世に俊足と謳われる選手は多いが、アームストロングは次元が違うぜ。こいつは元々アメフト選手で、短距離走ならオリンピックにだって出れるくらいの記録を出しやがる。特に塁間距離での加速なら、メジャーのトップクラスに比肩するレベルだぜ。高校生の肩じゃあどうあがいても止まらんよ)

 ノーヒットノーランが目標だったのに、いきなりノーアウト二塁の大ピンチである。続く2番打者はライト、マイクである。こいつはカナダ人。白人である。

「おいおい、また外人かよ」

 マイクはかなりのガタイだが、意外にもバットを短く持ち、手堅くセンター前に運んできた。しかしその打球の速いこと。風圧で東のベースボールキャップが吹き飛ばされた。もちろんこの一打でアームストロングは悠々生還。最強の国教大、いきなり1点先制である。

 続く3番打者は指名打者のフェルナンデス。ドミニカ出身である。

「外人しかいねーじゃねーか」

(フン、何を驚いてんだか。国際教養大学野球部《うち》にはな、日本人の部員は一人しかいないんだよ。あとは全員、破格の条件で留学生として招待したメジャーリーガー候補たちだ。そいつらに腹がはち切れるほどメシを食わせて、全国トップレベルの環境で設備を使い倒して限界まで鍛え上げて、圧倒的なパワーと技術で都会の名門大学をねじ伏せて日本一になったんだよ、うちは。六大学野球が甲子園のドリームチームなら、こっちはワールド・ドリームチームってわけさ)

 これが黒船宙船のやり方である。もともと四つの大学チームを日本一に導いた名将だが、弱小だった国際教養大学野球部の監督を引き受けたのはこの留学生活用プランがあったからだった。そしてそれを徹底的に実行し、本当に日本最強のチームを作ってしまった。恐るべき剛腕である。

 東が渾身のストレートをまた外角に投げ込むと、フェルナンデスはそれを強打。打球は惜しくもライトポールを切れた。

「逆方向にどんだけ飛ばすんだよ……しかし、さすが日本最強のチーム、やべえ打者ばっかりで、おれも燃えてきたぜ」

 ここで東の投じた一球が、はじめて空振りを奪った。2ストライク。なんと、メジャードラフト候補のフェルナンデスを追い込んでいる。

(おっ、東のやつ、早くもいい感じだな……?)梶野がうなずいた。

 そして三球目、これはインハイへのまっすぐだったが、ストライクゾーンギリギリから浮き上がり、見事空振り三振を奪った。

「よっしゃあ!」吠える東。驚く黒船、ニヤリと笑う梶野。

(フッ、想定外にやりやがる。しかし、次の打者はどうかな……)

 ワンナウト一塁で、バッター4番。

(こいつは、品がねえほど最強打者揃いの国教大野球部でも、間違いなくキングだぜ)

 身長は優に195センチ、体重は140キロ近くある巨体である。金髪をちょんまげに結い、ヘルメットの下からぶら下げている。口ひげも金色に光っている。

 しかし驚くべきはその眼である。西洋人特有のきれいな青い目ん玉だが、青すぎてアメジストのように光っている。いや、色の濃さはもはやワインである。というより、丸いのでブドウである。小さいブドウである。

 とにかくこの巨人のただならぬ強打者オーラを感じとった東は、まず2球、明らかなボール球を外角高めに放った。そうして目線を吊り上げておいて、3球目は今日まだ見せていない変化球、スライダーを内角低めに投じた。きっちりコントロールされた、いいボールである。ボールはストライクゾーンから膝元に落ち込み、ボールゾーンへと外れた。本番に強い男・東の、今日のベストピッチである。バッターはすでにスイングを開始していた。並みの打者なら、いやよほどの打者でも、これに手を出してしまったら、ひっかけてセカンドゴロになってしまう。

 ところが巨人はこの難しいボールを、身体にまきつくような柔らかいスイング、それでいて強烈な、ムエタイの蹴りを思わせる鞭のようなしなるスイングで、完璧に捉えた。ボールはセンター方向、場外に消えた。

 結局その回、東は打者17人に14安打を浴び、13点を献上した。最強国教大野球部、圧巻の打撃力である。

 憔悴してベンチに戻ってきた東に、梶野は声をかけた。

「上出来じゃねえか。第一に四死球なし。それに、あのフェルナンデスから三振を取ったんだからな。さあてめえら、反撃だぞ」

「……」

「どうした東、お前がトップバッターだろうが」

「先生、あいつ、ナニモンですか。あのブドウみたいな眼のでかい4番は。あんなバケモノ、地球上にいていいんですか」

「ああ、あいつは別格だ。最強国際教養大学野球部の主砲、メジャーリーグドラフト1巡目指名濃厚の強打者、ブルベリ愛(ぶるべり・あい)。ブルーベリーをひたすらに食べ続けた結果視力が41.0になった男だ。父親が日本人の元ハンマー投げ選手、母親はブルガリア人のやり投げ選手でどっちも金メダリストっていう反則級のサラブレッドでもある。160キロのフォーシームですら縫い目のほころびまで見える、人類最強の動体視力の持ち主だ。とにかく打席に立ってこい。まずは打たねえと、ゲームが始まらねえぞ」

 東が打席に立つと、相手投手はサングラスをかけている。と、そのとき、どういうわけか相手側スタンドから奇妙な太鼓の音が鳴り始めた。ポンポンポンポン……と四拍子で、グラウンド全体に響き渡っている。

「なんだありゃあ……ま、気にしないことだな」

 気を取り直してバットを構えると、130キロ半ばのストレートが飛んできた。東は何も考えずにバットを振る。打球はきれいなライナーで、サードのグラブに収まった。

「な、なんだ……ふつうに打てちまったぞ」

 続いて、2番打者の森が打席に入る。東はすれ違いざまに声をかける。

「おい、見てただろうが。あのピッチャー、たいしたことねーぞ。今のうちに点とっちまえ」

 それを聞いて元気を出した森が打席に立つと、たしかに130キロ前後のストレートしか投げてこない。うまくコーナーに出し入れしているが、森なら打てない球ではない。

 森は、中学3年の春までは2番打者だった。パワーはなかったが、打撃技術は高く、小技が得意な上に空振りはチームで一番少なかったのだ。しかし打撃不振が続き、7番に降格させられた。それ以来自信を失ってしまい、探偵小説にはまって、高校では野球をやるつもりはなかった。

 森のとらえた打球は力強いゴロだったが、セカンドのグラブにおさまった。しかし森は自信を取り戻しつつあった。

「やった、大学生の球をしっかり前に飛ばせたぞ……」

 続く渋谷もライトフライに打ち取られたが、強烈ナインのムードは明るくなり始めた。

「おい、相手のチーム、打撃はやべえけどピッチャーは普通だぞ! もしかしたらおれたちでも、何点かなら取れるかもしれねえ」にわかにはしゃぐ強烈ナイン。

「いや、無理だな」

 と冷や水を浴びせたのは、こともあろうに監督である梶野だった。

「なんだよ、冷めるじゃねえか先生。どうして無理なんだよ」

「お前らあのピッチャーを舐めてるだろう」

「だって球遅いじゃねーか。結果三人ともアウトだったけど、どれもヒットになっておかしくない打球だったぜ」

「バカか。あれは全部打たされてんだよ」

「打たされてるって、なんでわかんだよ」

「いいか、あのピッチャーを舐めたら死ぬぜ。あいつは大学野球界最高の投手なんだ」

「ふん、とてもそうは思えないぜ先生。いいからおれたちにまかしとけや。あいつから点とって面白くしてやっからよ」

 ところがそれから2回、3回とイニングが進み、東は15失点、9失点と重ねているあいだに8番の鬼ヶ島まで強烈ナインの8人全員がいずれもヒット性の当たりを出しつつもその打球は吸い込まれるように野手のグラブに収まったのである。さすがの強烈ナインのバカたちも、事の重大さを理解し始めた。

「なんなんだよあいつ……なんで誰も打てねえんだ」

「だから言っただろ、あいつは最強のピッチャーなんだ。国際教養大学エースにして唯一の日本人部員、石田検校(いしだ・けんぎょう)。なんであいつが曇りの日にサングラスをしてるかわかるか? なんであいつが投げてる間だけ、スタンドで補欠がポンポン太鼓叩いてるかわかるか? あいつは野球史上唯一無二の盲目ピッチャーなんだよ」

「えっ!? あいつ、目が見えないんですか? 嘘だろ」

「これが本当だからすげーんだ。あいつの親父とは知り合いでな。親父は麻雀打ちだった。麻雀中、ずっとチチチチッて舌打ちしてるんだが、その音の反響で全員の手牌がわかっちまうんだ。麻雀牌ってのは彫られてるからな」

「そんなことが人間に可能なんですか」

「超人的な聴力があればな。イルカがやるエコロケーションと原理はいっしょだ。息子のあいつは、その技術を継いで、野球に活かしてやがる。あいつはあの太鼓の音の反響でその日のグラウンドの状態、打者や野手のコンディションをすべて把握して、きっちり狙った場所にフライやゴロを打たせる究極の『打たせて取る』ピッチャーなんだ」

「しかし、球は遅いから、いつかはマグレで打たれるでしょう」

「もちろん打たれるさ。大学野球にはブルベリ愛ほどじゃないにしろバケモノがいっぱいいるからな。でも試合は絶対に崩さない。あいつの大学通算防御率は2.68だ。これだけならまあまあのピッチャーだが、47試合に登板して、全試合先発で6イニング以上投げ、4失点以上した試合が1つもない。つまり驚異のQS(クオリティ・スタート)率100%、試合を作る能力にかけては世界一なんだよ」

 レイモンドJr.はショートフライに倒れると、

「うーん、やっぱり石田さんすごいです、打ったつもりでも打てません」と笑った。

 試合も中盤に入り、4回表、国際教養大学の攻撃である。しかしここで東に異変が起きた。すでに37失点、200球近くを投げている彼は握力が限界で、震える手からボールを取りこぼしてしまったしまったのである。

(東が投げれないなら、もうこの試合は終わりだ……)

 強烈ナインの誰もが絶望した。すると梶野が立ちあがり、東のもとへと歩み寄って、転がったボールを拾い上げた。

「お疲れさん。高校デビューにしては、上等なピッチングだったぜ。今日はいったん、ベンチに下がれ。そしてこの試合の続きをよく見ておけ。勝つってことが、どういうことか、お前にもわかるだろうからよ。おう、審判!」

 梶野は主審に声をかけると、高らかに宣言した。

「ピッチャー交代だ。東に代わり、梶野! おれが投げるぜ」

 

 

【第四章・完】

大野球峠(3)博徒暗躍

 

 

【大野球峠 第三章「博徒暗躍」】

 

 明くる月曜日である。梶野が部室のドアを開けると、そこには東ただ一人がまるで葬式のような表情でうなだれていた。

「おう、一人かよ」

「先生、野球部はもう駄目かもしれませんぜ」

 東の語るところによると、一昨日の練習試合で秋商のまるで次元が違う強さを見せつけられた野球部員たちは、東一名をのぞいてみなやる気を失ってしまった。三年生の柿下、渋谷、加藤は早くも就職活動をはじめ、一年生の四人は野球部などやめて今からでも他の部に移ってしまおうかなどと言っている。なんでも長谷川は陸上部へ、栗山は水泳部へ、森は探偵部へすでに入部届を出してしまった。鬼ヶ島は頭がいいので普通に勉強して秋田大学への進学を狙うという。

「なんだ、探偵部って」

「ホームズとかルパンとか、探偵小説が好きなやつらが集まって探偵の真似事をしている、気持ちわりい腐ったような部活ですよ」

「そんな部があったのか」

「森のやつも、古畑任三郎が好きだから探偵になりてえとかぬかしやがって」

「ほお。ところでノッポの長谷川は足が早えのか?」

「元長距離の選手だから、スタミナはあるでしょうけど……韋駄天ブラックの菊池とは比べ物にならんでしょうね」

「じゃあ、栗山とかいうトカゲ顔は泳ぎがうめえのか?」

「元水泳選手ですからうまいでしょうね。もっとも野球では糞の役にも立ちませんが」

「ふむ。じゃ、メガネの鬼ヶ島はガリ勉くんか?」

「いちおう今年の主席ですよ。噂じゃ秋大(しゅうだい)に現役で受かるかもっていわれてます。ふっ、こんなメンツで甲子園に行こうだなんて、所詮は夢物語だったんでしょうね……」

「ククク……」

 梶野はサングラスを鼻先まで下すと、なにやら気味の悪い笑みをニヤリと口元に浮かべた。

「確かに一昨日まではおれもそう思っていたがな、よく聞け東。お前らが甲子園に行く確率は、限りなく0に近いが0じゃねーぞ」

 驚いた東は、あたりのものをやたらめったらに蹴り散らかしながら梶野に迫り、そのむなぐらを掴むなり絶叫した。

「なんだって? 先生、もう一回言ってくれよ!」

「だから、お前らは甲子園に行けるかもしれないといっている」

「いったいどうやって!」

「まあ、まずは落ち着け。いいか、物事には順番ってもんがある。お前らは言ってたよな? 敵を知り己を知れば百戦危うからず。その考えは正しいぜ。お前らは秋商と明桜の試合を見て、敵の強大さは十分すぎるほどよく理解できたな?」

 東はうなずいた。

「したらよ、次にするべきは己を知ることだろうが。己のこともろくろく知らねえで絶望するなんて百年早いぜ」

「た、たしかに……!」

「そうと決まったら、まずてめえはやらなきゃいけねえことがある」

「それは何でしょうか」

「長谷川、栗山、鬼ヶ島を引き戻して、とにもかくにも野球のルールを完璧に教えることだ。ルールを知らねえと、練習試合もクソもねーからな」

「何っ!? 先生は、練習試合を組むつもりですか!?」

「そりゃそうよ。己を知るには、まずは戦ってみることが一番なんだ。それも、半端な相手じゃ意味がねえ。秋商に勝ちてえんなら、それなりの相手じゃねえと、物差しにもなんねえからな」

「しかし、秋商に匹敵するチームなど県内には明桜しかありませんが……まさか、遠征ですか」

「いんや、部費がねえからそれは無理だ。だが安心しろ。文句なしの相手と試合をさせてやるよ。それも県内でな。とにかくそのへんのことはおれっちにまかせて、てめえは腑抜けた餓鬼どもに活を入れてやれ」

「よくわかりませんが、わかりました」

 そうして部室を後にした東は、さっそく一年生四人を説得にかかった。

 さて一方の梶野はというと、東が出ていったあと、部室でヤニをふかしながらなにやら一本電話を入れると、その夜、一人のものすごい美女をはべらせて駅前の繁華街を歩いていた。彼の向かう先は高級セット雀荘「もみじ」である。

 しばらくすると、一人のジャージ姿の男が現れた。彼は梶野の後ろの女を見るなり瞠目した。

「ま、まさか本当に、あの米山つくねが貴様の愛人だとは……」

「今晩は、黒船先生。お噂はかねがね」女は優雅に絹のような手を差し出した。

 そう、この女、昨年度のミスあきたこまちを受賞した米山つくねである。いったいこんな美女を愛人にしている梶野は何者なのか?

「梶野先生、約束通り、今夜のセットで私が勝ったら、米山さんを頂きますよ」

 黒船は口の端から汚いよだれを垂らしながらそういった。すると梶野は

「いいですとも。ただし私が勝ったら、例の約束を守ってもらおう……」

 かくして高級セット雀荘「もみじ」にて、梶野と黒船、謎多き二人の男の決戦の火ぶたがいま、切って落とされたのである……

 

 さて、あっというまに時は過ぎて次の土曜日の朝である。

 強烈高校野球部8名は、とにもかくにもユニフォーム姿でグラウンドに集合していた。少し遅れて梶野もやってくる。

「おう、しっかりルールは覚えたか」

「大丈夫っす。とにかくこの一週間、野球のルールは隅から隅まで暗記して、毎日プロ野球のビデオを見てましたから」

「よし、そんなら上等だ。じゃあ、バスに乗り込め。今から敵地へ乗り込むぞ」

 バスは田んぼの中をのんびり走り、川辺のほうへと向かってゆく。

「おいおい、こっちに高校なんてあったか?」鬼ヶ島は不思議がっている。彼は一年生のなかで(というより野球部のなかで)もっとも頭がいいので、ルールを完璧に覚えることができた。フィルダーズチョイスも理解している。他の二人は、まあ野球がどんなゲームかはわかったが、それ以外はなんとなくというところだ。しかし一週間の付け焼き刃にしてはまあよくやったほうである。

「よし、今日のスタメンを発表するぞ!」

 突然梶野が大声を出した。

(そういえば、野球は九人でやるとルールブックに書いてあったが、あと一人はどうするんだろう?)と全員が思ったが、黙っていた。

 梶野が発表したスタメンはこうである。

 

 1番・ピッチャー  東

 2番・キャッチャー 森

 3番・ファースト  渋谷

 4番・ショート   柿下

 5番・セカンド   加藤

 6番・サード    栗山

 7番・センター   長谷川

 8番・レフト    鬼ヶ島

 9番・ライト    レイモンドJr.

 

  ……

  レイモンドJr.って誰だよ……と全員が思ったが、黙っていた。

 「作戦は単純だ。一年生たちはまだ野球をやったことがねえんだから、打撃は無理だ。諦めて、守備に徹しろ。んで、ゴロは捕っても送球するな。どうせ暴投になるからな。もしフライが飛んできたら命がけでしっかり捕れ。経験者の東・森と、三年生はなんとか打撃でがんばってマグレで1点取りやがれ。んで、東が投げるしかないわけだが、森しか捕れないだろうから、お前今日は捕手やれ。そんでノーヒットノーランに抑えろ。それしか、勝つ方法はねえ」

 そんなこんなで、バスは目的地についた。東ら強烈ナインは眼を疑った。そこは他でもない国際教養大学キャンパスであった。

 

【国際教養大学】

 秋田県秋田市雄和椿川字奥椿岱193-2に本部を構える日本屈指の名門大学。その敷地内にある壮麗な図書館は有名。入試偏差値は60~70と言われ、卒業生の就職率はほぼ100%を誇る。在学生は全員1年以上の海外留学が義務付けられており、外国人教員比率は国内第二位、かつ海外の提携大学から常時留学生を多数受け入れる環境で教育されるため卒業生は全員英語がペラペラになる。

 

「なんでおれたちが国際教養大学に……?」

 呆然とするナインども。無理もない、彼らの偏差値は37である。英語どころか、日本語だってあやしい。

「もちろん野球しに来たのさ……さあ、こっちに来い」

 そうして梶野に連れられて学内に足を踏み入れた強烈ナインは、まずその設備のでかさに圧倒された。梶野はいう。

「あっちは室内練習場、あっちは専用食堂、あっちはトレーニングセンターだ……県内の高校で最も設備が充実してるのは明桜だろうが、ここはその比じゃねえ。機材の質も数も段違いのレベルだぜ」

「す、すげえ……こんなとこで練習したら、マジで最強になっちまうぜ……」

 あっけにとられる東たち。すると梶野は大声で笑った。

「はははははははは、そう、その通りだ。じゃあ、入るぞ」

 おそろしく綺麗に整備されたグラウンドでは、身長2メートルに迫ろうかという巨大な男たちがストレッチをしながら、おそるおそる入ってくる東たちを興味深そうに見つめた。男たちがベンチのほうにヘイ、ボスと声をかけると、小柄なじじいが出てきていかにも嫌そうに梶野と握手をした。梶野は東たちに向けてこう言い放った。

「紹介しよう。彼らが今日のお前らの相手だ。全日本大学野球選手権覇者、国際教養大学野球部のみなさん。率いるのは名将・黒船監督だ!」

 なんと驚くべきことに、この汚いスケベじじい、つい一週間前に米山つくねを餌にまんまと「もみじ」に呼び出され、梶野と徹夜麻雀を戦い無残にもケツの毛まで抜かれた男、その正体は国際教養大学の野球部を昨年、創立初の日本一にまで導いた黒船宙船(くろふね・そらふね)御年68歳であった!

 そう、あの夜梶野が黒船に勝利して得たものは、わが強烈ナイン対最強国際教養ナインの練習試合を組む権限だったのである。しかし、梶野の陰謀はそれだけではなかった、彼はあの腹の黒さにかけては旬のサンマも真っ青になるという黒船宙船ですら想像だにしない方法で、素人同然の強烈ナインを覚醒させようと企んでいたのである。

「はーい、私がレイモンドJr.です。キョーレツコーコーのみなさん、8人だって聞いてたから、今日は私が助っ人ですよ」

 気さくに挨拶をするレイモンド、あっけにとられっぱなしの強烈ナイン。果たして国際教養大学野球部は本当に強いのか。東たちの野球はちゃんと試合になるのか。そして謎多き博徒・梶野の隠された陰謀とは。

 

【第三章・完】

 

 

 

 

 

 

 

 

大野球峠(2)史上最強の九人

 

 

 

【大野球峠 第二章「史上最強の九人」】

 

 さて、来たる土曜日である。東義春ら強烈高校野球部一同は握り飯と水筒をたずさえ八橋球場へと鬼ガマチャリンコで駆け付けた。するとそこには長髪パーマにサングラスをつけた妙な男がいたのである。

「お~い兄ちゃんたち、ちょっと水を分けてくんねえか」

 酔っ払いである。んだコラじじい、あっち行けやと振り切ろうとするも、ま~そう冷たいこと言うんじゃねえ、とうるさくつきまとう酔っ払いである。

 すると三年、キャプテン柿下が止めに入った。

「まて、東。その人は梶野先生だ」

「え、誰ですか、梶野先生て」

「野球部の顧問だ」

 そう、土曜日の朝っぱらから八橋球場で飲んだくれているこの怪しい男、実は強烈高校野球部監督・梶野まか夫(かじの・まかお)であった。

「なんで先生まで来てるんですか」と柿下。

「おいおい、おれは顧問なんだから部活に来るのは当たり前だろ。それよりお前ら、急にガン首そろえて秋商と明桜の練習試合を観戦なんて、いったいどういう風の吹き回しだ」

 今年は本気で甲子園を狙う覚悟が決まった。敵を知り己を知れば百戦危うからず。だから見に来た。かくかくしかじか。柿下らの説明を受け、梶野は納得した。なるほど、それで燃えちまってるわけか。事情はわかった。

「だがやめとけ」

「なぬっ! やめとけとはどういう了見ですか、仮にも高校球児が甲子園を目指す、それをやめとけ、とは」怒る東。

「まーよくきけ餓鬼ども。甲子園を狙うのは構わんさ。だが今年はやめとけっていってるだけよ。はっきりいって今年の秋商は別格だぜ、なんせ秋田魁新報で『史上最強の九人』って特集まで組まれちまったくらいだからな。わりーことはいわねえから、その九人が卒業しちまった来年を狙えよ。そもそも今から三か月じゃ、いくらなんでも無理があんだろ」

「し、しかし来年は柿下さんたちは卒業しちまってますよ……」

「留年すればいいじゃねーか」

(こ、こいつ本当に教師か……!?)驚きを隠せない一年生たち。

「先生、高野連の規定では高校に三年以上在学したものは甲子園予選には出れないんですよ」と鬼ヶ島。

「あ、そう……じゃ、気の毒だが諦めてもらって……」

「諦めたくないんですよ」東はどこまでも食い下がる。「そもそも、やる前からできないと決めつけて、あんたはいったい何様のつもりだ。仮にも顧問なんだったら、たとえ可能性が1%しかなかろうと、おれたちを甲子園につれてってやると、それくらい見栄を切ってみせたらどうです!?」

 すると梶野は笑ってこういった。

「ははは、笑わせやがるぜ、1%だ? いいかよく聞け、貴様らが甲子園に行ける確率はな、1%なんて上等なもんじゃない、0%だ。ギャンブルやってりゃわかるがな、1%ってのはけっこう起こりうる確率なんだよ。そりゃあ1%あったらおれだってベストを尽くしてやる。だが0%だ、見返りのねえことに労力を費やす気にはなれんね」

「だめだ、こいつは芯まで腐ってやがる。放っておきましょう、キャプテン」

「まあまあ、そうつれなくすんなや。お前らこれから練習試合見るんだろ? よし、おれっちが横で解説してやるよ。『史上最強の九人』がどういうメンバーで、お前らとどれだけ絶望的な差があるかをな。そしたらバカでもわかんだろ、今年の甲子園は無理だって」

「よし、やってみろじじい。そんなことで折れるおれたちじゃねーぞ」

 

 かくして酔っ払い顧問・梶野の解説つきで練習試合は始まった。先攻は明桜高校、守る秋商の先発投手はエース・松浦航兵(まつうら・こうへい)である。

 この松浦がすごかった。一回表、いきなり明桜高校の一番小原、二番加藤、三番高根の上位打線を三者三振である。これにはさすがの東も度肝をぬかれた。

「嘘だろ……あの真っ直ぐ、145キロは出てんじゃねえか……?」

「あのスライダーもやばいぜ、パワプロみたいに手元でグリグリ曲がってやがる」

「いや、最後に投げたスプリットだろ……あれは視界から消えてるぜ、絶対に」

 あれだけハイになっていた強烈ナインを、松浦は立ち上がりたったの1イニングで意気消沈させた。甲子園。その言葉が、いまや数倍にも数十倍にも重く感じられた。

 梶野は隣でヤニをふかしながら、いわんこっちゃなしとでも言いたげな顔で付け加えた。

「あいつが『史上最強の九人』の筆頭、エースで3番打者の松浦だ。最速153キロのストレート、高速・低速に横・縦も投げ分ける四種のスライダー、それに視界からスッと消える魔球スプリットを操る『秋田の怪童』だ……それに加えて打撃センスも抜群で高校通算33本。魁新報がつけたあだ名も大げさじゃねーな」

 この松浦の投球だけで、強烈ナインはすでに強烈に家に帰りたくなった。家に帰って寝てしまいたかった。寝てすべてを忘れ、明日から豆を売って暮らしたかった。それだけの衝撃があった。しかし真の絶望はここから始まるのである。一回裏、秋商の攻撃。

 明桜高校の先発は福島。対する1番バッターはセンター・菊池瞬(きくち・しゅん)である。こいつはたっぷり11球を投げさせたあと、ゆうゆうと四球で出塁。続く2番レフト・新山巧(にいやま・たくみ)への初球であっさり二盗を決めたかと思うと、続く二球目には三盗まで決めてしまった。たちまちノーアウト3塁の大チャンスである。

「なんだよあの足、反則だろ……」走力には自信のあった東も、これには脱帽するしかない。

「あいつは俊足揃いの秋商でもチーム最速、50メートル5秒7の『韋駄天ブラック』だ。なんでも魁新報によると、中学時代、陸上部の助っ人で短距離走に出場して、野球のスパイクをもっていったらダメと言われたからコンバースで走り、結局優勝しちまったらしい。あいつが一度出塁したら、たとえ四球でも内野安打でも、それはもう三塁打を打たれたのと同じことなんだよ」

 菊池の盗塁のあいだに2ストライクに追い込まれた2番・新山だったが、なんとスリーバントでスクイズを決行、これを完璧に転がし、まずは秋商が先制点を獲得した。

「おい、あいつドチビのくせにめちゃくちゃバントうめーぞ……」

「昨今だと2番が強打者ってパターンが流行りだが、あいつはちょっと違うな。小技に特化した、オールドスタイルの繋ぐ2番打者だが、152センチの身長を生かした狭いストライクゾーンと飛距離はないがシュアな打撃で出塁率はチームナンバーワンだ。外野守備の達人でもある『小さな巨人』だな」

 そして迎えた3番・松浦が当たり前のようにバックスクリーンに特大の本塁打を放り込むと、続く4番・高久栄大(たかく・えいだい)も二者連続となるレフトへの特大弾を放った。この時点で強烈高校一年・長谷川は泡を吹いて気絶してしまった。

「松浦もすごいが、やっぱり打撃はこいつだな。通称『ミスター・ミサイルマン』、4番ファーストの高久栄大(たかく・えいだい)。189センチ101キロの巨躯から繰り出されるパワフルなスイングで高校通算41本、秋商最強世代不動の主砲だ。魁新報では『ミサイル高久』とか書かれてたな」

 その後、明桜高校先発・福島は強打を浴びながらもなんとか後続を断ち、一回表は4失点で乗り切った。これを見て梶野は関心している。

「あの福島って投手、なかなかやるな。立ち上がり不安定だったが、きっちり修正してやがる。4失点は痛いが、さすがは明桜だな。ま、秋商打線に捕まって4失点で済めば上出来だろ」

「1回4失点で上出来って、どんな打線だよ……」あきれる強烈ナインたち。

 さて二回以降、4点のリードを奪った秋商は守備で魅せた。松浦は制球重視の打たせるピッチングに切り替え、明桜打線も食らいつくところは流石だが、ことごとく秋商の好守に阻まれ五回まで無得点と制圧された。秋商の野手たちが超高校級のプレーを連発するたびに強烈ナインの心は打ちひしがれ、梶野の解説がそれに拍車をかける。

「7番キャッチャー、藤田和希(ふじた・かずき)。期末テストは15点だが野球偏差値は90超えの通称『プロフェッサー』だ……打席では優れた解析眼で相手投手の球を丸裸にするから魁新報では『歩くラプソード』とも呼ばれてたな」

「9番ライト、佐藤戀(さとう・れん)。ブルペンでは144キロを叩き出す超強肩で、菊池に次ぐチームナンバー2の俊足による超助走が加わった送球速度は推定+15キロともいわれている……そのレーザービームでランナーを刺殺する『一撃スナイパー』だ。打撃はケースバッティングに特化していて、投手が最も嫌がる打撃を徹底してきやがる。2番手投手でもあるから、たぶん6回以降はこいつが投げるだろうな」

「いまゲッツーをとったのが8番ショート、池辺醍(いけべ・だい)だ。捕手の藤田と連携して内野守備の指揮をとる『ダイヤモンドマスター』だ。監督から内野全員の守備シフトを自由に調整する特権を与えられているらしい……打撃も秀逸で、きわどい球にはいっさい手を出さず、甘い球に絞って振りぬいてくる」

「5番サード、川村志寿也(かわむら・しずや)。天才的なグラブ捌きであらゆる打球を華麗に始末する『守備職人』だ。池辺との三遊間は県内最強の鉄壁だな。打率5割超えの万能打者でもある。ミサイル高久を敬遠しても、こいつに打たれて返される」

「6番セカンド、柴田太紀(しばた・たいき)。身体を張ったダイナミックなプレーと高いテンション、圧倒的な練習量でチームを鼓舞する『野球小僧』だ。意外性のある打撃が持ち味で、通算本塁打はチーム3位の25本だ」

 ……

 

 かくして終始ペースをつかみ続けた秋商『史上最強の九人』は、強豪明桜を寄せ付けず12ー1と圧勝した。すでに口を利く気も失せた強烈ナインだったが、それでも東だけはこんな強がりを言ってみせた。

「……たしかに秋商はまあまあやりますね。これは勝つのに相当苦労するでしょう、しかしそれだからこそやりがいがあるってもんですよ。それに、強い強いって聞いてたけど、結局こんだけ秋商にボコられてんだから、明桜のおぼっちゃんたちは思ったより大したことないっすね。これで、夏には秋商と当たるまで大した相手はいないってことだから、本番の試合のあいだに化けてやりましょうよ。そうすれば、秋商とだって五分でやりあえますよ」

 だがこんな見せかけの強がりも、梶野の言葉であっけなく粉砕された。

「何いってんだ。今日の明桜は、スタメンのうち5人が1年生、あとの4人も2年生だ。3年生の主力級は一人も出てねーんだぞ」

「な、なんだと……」

 スター軍団の秋商にかなわないまでも、試合は最後まで崩さず戦いきったあいつらが、よもやおれたちと同じ1年生だとは……じゃあ、あいつらの上の3年生って、どんだけつえーんだ。秋商と同じくらい、いやもっと?

 絶望の底の底に叩き落とされた強烈ナイン。今日はもう帰ろう、そして眠ろう、甲子園など諦めて、豆を売って細々暮らそう。

 だが彼らは豆屋にはならなかった。この圧倒的絶望の淵から立ち上がったのである。

 どうやって? そのきっかけを与えたのは、なんと彼らを絶望の底に叩き落とした張本人ともいえる野球部顧問・梶野であった。彼は秋商の試合を見ても強がりを言い放ちえた東の胆力に関心し、こう思い始めていたのである。こいつらが甲子園に行く確率は、1%はなくとも、もしかしたら0.01%はあるかもしれない。だったら、こいつらに賭ける価値はあるかもしれない……もしもし万が一、このバカどもを甲子園につれて行ったとなったら、間違いなく、おれは人生最高に痺れるだろう。

 

【第二章・完】

 

 

大野球峠(1)逆境8

※バカたちが甲子園を目指す物語です。

 

 

 

〈万物を司る神について説いた中国の古典『神仙記』には高校野球の神である「光史袁(こうしえん)」についての記述がある。曰く、光史袁は高校野球秋田県代表校の甲子園本選での結果がことごとく奮わないことを心底嘆き、甲子園第100回大会が開催される年に9人の野球の天才を同時に秋田県に誕生させる代わりに、むこう百年秋田からは幕内力士が出ないという取引を賭博の神・雀酎金と交わした。ところが酒に酔った雀酎金の失敗で、9人のうち1人だけがその年に高校三年生となった。それがあの金農旋風を巻き起こした伝説の大エース吉田輝星(現オリックス)である。残りの8人は100回大会の年、つまり2019年に高校生になるべくしては生まれなかった。その年に産声をあげたのである。そして時は流れて2035年、8人の天才は吉田輝星に遅れること17年、運命の甲子園第117回大会を席巻することになる……〉

 


【大野球峠 第一章「逆境8」】

 東義春(ひがし・よしはる)は諦めきれなかった。何を? 無論、甲子園である。

 千葉の名門津田沼ボーイズに所属し、中学硬式野球のトップクラスでプレイしていた東は、この春、秋田の県立高校に入学した。理由は単純。千葉で甲子園に出るのは自力でタケコプターを発明するより難しかったからである。なにせあの木更津総合や習志野を倒さないといけない。無理な話である。ロト6を当てるほうが、まだ簡単だ。でもロト7よりはマシかもしれない(ロト7は無理なので)。つまり、秋田<ロト6<タケコプター<千葉<ロト7である。

 そこで東は一計を案じた。甲子園は出るのが大事なのであって、勝つことはさほど重要ではない。出さえすればいいのである。テレビに出れる。つまり大学入試と一緒である。出るだけなら、わざわざ激戦区の千葉で戦う必要はない。西東京や大阪なんてもってのほかだ。神奈川にいたっては狂気の沙汰である。ならどうすっか? 秋田の高校に入学すればいいのである。

 秋田は世界一高校野球が弱い県である。ギネスブックにもそう書いてある。富山や鳥取より弱いのはもちろん、ウプサラ県(スウェーデン)とかよりも弱い。甲子園は必ず一回戦で負ける。よくて二回戦である。噂によると、明徳義塾や大阪桐蔭、横浜といった超常連校のあいだで一回戦が対秋田のくじを引くことは実質シードと呼ばれているらしい。まったくもって、許しがたい侮辱である。

 そんな秋田県だから、金足農業が決勝戦まで勝ち進んだときの盛り上がりといったらなかった。県民総立ちの乱痴気騒ぎ、真昼間に国道から自動車が消えうせた。勝ち方も劇的だった。サヨナラツーランスクイズに、サヨナラスリーラン。エース吉田輝星は江川卓を彷彿とさせる凄まじい真っ直ぐで強豪のエリート打者を翻弄し、なぎ倒し、奪三振の山を築いた。

 しかしそれもいまや昔の話である。奇跡は二度は起きなかった。吉田去りてのち、秋田はまた弱い秋田に逆戻り。だが、賢明なる読者諸君よ、よく考えてみてほしい。秋田が弱いのではなく、他県が異常に強すぎるだけなのではないか? 否、他県が、ではない。各県に四校は存在する、超強豪校が強すぎる。シニアリーグやボーイズリーグを中心に全国各地から優秀な中学生をスカウトし、最新設備を使い放題の環境で三年間徹底的に鍛え上げる。なんだそれ。ずりーじゃねーか。ふざけんなよ、こっちはな、そもそも中学の硬式野球チームなんてほとんどねーんだ。だからみんな軟式出身だ、硬球には入学してから始めて触る。設備だって、ラプソードや初動負荷なんてキラキラしたもんはありゃしない。積まれた古タイヤと錆びついたバーベルだけだ。でもよ、それが本来の高校野球の姿なんじゃねーのか。地元の中学から地元の高校に進んで、ガキの頃から一緒に球を追いかけてきたやつらと甲子園を夢見るのが……

 とにもかくにも、秋田は弱い、甲子園なんて楽勝だ。少なくとも、千葉でやるよりずっと確率は高い。東のその認識は間違っていなかった。だが、二つの誤算があったのである。

 第一の誤算。東は勉強は得意じゃなかった。だから転校できる学校が限れられていたのである。そのなかでも、野球部がある高校はたった一校しかなかった。その名も、秋田県立強烈高校である。

 県立強烈高校! そこは名に恥じぬスポーツの強豪校だった。インターハイに出場した部こそないが、バスケ、陸上、卓球、剣道、バレーボールで全県ベスト4に入っている! 野球部も古豪と呼ばれ、なんと県内最多の甲子園出場回数(13回)を誇っている!

 なんだ、最高じゃないか。どこに誤算があるんだ。実は、強烈高校が最後に甲子園に出場したのは1981年の話なのである。それから56年間はゼロ。むろん選抜も含めてだ。つまり、「昔は強かった」のである。

 入学してすぐに野球部を見学した東は驚いた、部員が三人しかいない! そう、千葉県民だった東は知る由もないが、去年の夏、甲子園予選、強烈高校は登録メンバーが足りず、近所の秋田西高校と合同チームで戦ったのである。チーム名は、「強烈・西」。「強烈・西」は一回戦、県立角館高校と対戦し、13対2で7回コールド、完敗であった。

 ここで冒頭に戻る。それでも東は甲子園を諦めきれなかった。とにもかくにも、まずは一年生をあたってみよう。まずは九人揃えないことには、野球が始まらない。そうしてなんとか、四人の仲間を勧誘した。

 一人目は、長谷川人権(はせがわ・じんけん)である。身長188センチ、体重75キロ。やや細いが体格は文句なしだ。中学ではバレー部の執拗な勧誘を断り、長距離走をやっていた。

 二人目は、栗山爬虫太(くりやま・はちゅた)である。身長170センチ、体重70キロ。標準的な体格である。こいつの顔はほとんど恐竜である。ヴェロキラプトルに似ている。中学では水泳をやっていた。平泳ぎの名手である。

 三人目は、鬼ヶ島鰯(おにがしま・いわし)である。身長168センチ、体重61キロ。強烈高校に主席で入学した秀才である。偏差値は51。噂では秋田大学、下手をすると山形大学も狙えるといわれている。中学では何もやっていない。強いて言えば勉強ばかりやっていた。つまらない、かわいそうな青春である。

 四人目は、森匠(もり・たくみ)である。身長171センチ、体重66キロ。なんと、中学では軟式野球をやっていた! ポジションは内野、打撃はそこそこだが守備はうまい。打順は7番を打っていた。県大会は三回戦で負け、高校では野球をやるつもりはなかったという。

 先輩である柿下(三年)、渋谷(三年)、加藤(二年)とこの四人の一年生、それに東を加えると八人である。もう一人で試合ができる。しかし、このもう一人が、どうしてもみつからなかったのである……

 さて、東の第一の誤算は強烈高校野球部の、目を覆わんばかりの衰退っぷりであった。では第二の誤算とは何か? それは、味方のことにあらず、敵の事情である。秋田県から甲子園を目指す以上避けては通れぬ二大強豪、秋田商業と明桜高校が、東の思っていたより一兆億倍は強かったのである。県立秋田商業、通称秋商(あきしょう)。秋田市を代表するこの商業高校は、名前の通りあまり勉強に力を入れていない。となると当然スポーツがさかんである。サッカー、レスリング、剣道、いずれも全国レベルだが、野球部も今年は歴代最強と噂されていた。そして私立ノースアジア大付属明桜高校。こちらも勉強に関しては名に恥じぬ力の抜きっぷりであるから、当然スポーツが強い。特に野球部は、何年かに一度プロ野球選手も排出する実力である。

 なんとしても甲子園を目指そうと強烈ナイン(8人しかいないが)を説得する東に対し、強烈高校野球部キャプテンの柿下は諦めまじりにこういった。

「むりだぜ、秋商と明桜がいるからな」

「柿下さん、そいつらはどれくらい強いんでしょうか」と長谷川。

「まず秋商だけどな、こいつらはほぼ軍隊だ。全員五厘刈り強制で、練習は毎日八時間、三十日しかない夏休みに三十一日合宿してやがる。おれはあいつらが整列するところを見たことがあるけどな、グラサンにツルッパゲのヤクザみてーな監督が、背番号奇数のやつは右に、偶数のやつは左に並べ! って命令したんだよ。すると一人の部員がビシッと手を挙げてこう叫びやがった。『監督、偶数とはなんでしょうか!?』」

「そ、それはたしかに強そうだ……!」と冷や汗の栗山。

「次に明桜だけどな、こいつらはもっとタチ悪いぜ」

「えっ、秋商よりバカなんですか!?」となぜか嬉しそうな鬼ヶ島。

「いんや、明桜はスポーツ科はバカだが、特進科があるからな。秋商とは校風がちがうのさ。どっちかっていうとちょっとお坊ちゃんっぽいぜ、髪型も自由だしな」

「そんなやつらがなんで強いんでしょうか」とまじめな森。

「そりゃ全員、関西圏からスポーツ特待生として入学してるからだべや。シニアリーグやボーイズリーグで活躍したけど、他県の甲子園常連校からは声がかからなかった中途半端なやつらをかき集めて無双してやがんだ」

「な……なんて卑怯なんだ! 他の高校が、地元の中学生だけで勝負してるっていうのに……」と青ざめる全員。

「当然、そんな真似して甲子園いったって、毎回一回戦で負けてりゃーざまあねえがな。それでも県内最強の秋商と五分にやりあえんのは、いまんとこ明桜だけだぜ。マジで情けねえ」

「いや……それでも」東が立ち上がった。その眼は闘志に燃えている。「それでも、おれは甲子園を諦めたくないんです。なんとしても、もう一人の部員を獲得して、猛練習の果てに明桜と秋商を粉砕したい。粉砕して甲子園の土を踏みたいんです」

 東の気迫に、全員が圧倒された。やはり、高校球児である。現実がいくら非情であろうとも、部員が8人であろうとも、強豪が立ちはだかろうとも、甲子園への憧れは消えはしないのだ。憧れの火は、たしかに消えかかってはいた。特に柿下・渋谷・加藤ら二・三年生は、もはや野球部の廃部すら覚悟していた。だが東の熱が、彼らの消えかかった炎を煽り、ふたたび燃え立たせたのである。いまや強烈ナイン(8人だが)の眼はキラキラと輝いていた。そして誰からともなく笑い出した。わーっはっは! そうだ、恐れることなど何もない。おれたちは、堂々と甲子園を目指していいのである。行こう、高校野球の聖地、阪神甲子園球場へ! 

 強烈高主席入学の鬼ヶ島鰯がいった。「いいかみんな、昔の中国に孫子という偉い人がいた。その人がこんな名言を残している。『己を知り敵を知れば百戦危うからず』、だ(正確には『彼を知り己を知れば百戦殆からず』)」そうして彼はその文句を部室の黒板に書きつけた!

「なにい!? それはどういう意味だ」とみんな。

「つまり、自分たちのことをよく知り、敵のこともよく知れば、勝てるってことよ」

「な、なるほど(なんて頭がいいんだ……)」と渋谷。

「じゃあ、さっそく秋商や明桜、他の学校のことを研究しねーと」と加藤。

「そういうことなら、妙案がある」と柿下。「明日の土曜日、八橋でその二校が練習試合をするらしーぜ。おれはもちろん、見に行くつもりだが、お前らもこいや」

「なんだと!? じゃあ全員で行くしかねーですよ。よし、明日は握り飯もって、八橋に集合だあっ!」と東。

 かくして逆境から奮起を誓った強烈ナインは、県内最強の秋商と明桜が竜虎相まみえる八橋球場へと向かうことになった。その先に地獄より深い、真の絶望が待っているとも知らずに……

【第一章・完】

 

 

 

 すべての記憶のなかの窓。眠っている窓、眠れない窓、暗い窓。あたたかい光のあふれる窓、月光に濡れた窓。死んだような青い影の窓。


 大晦日の夜。居間のガラス窓の外に、大人ほどの背丈の、髪の長い鬼がぽつねんと立っているのを、幼いおれは見た。朝になってから庭に出てみると、窓はトタン板で覆われていた。屋根からおちてきた雪が庭に降り積もり、窓を割ってしまうからだ。鬼の話をすると、父と母と妹は笑った。祖母は笑わなかった。ただ、それは鬼ではなくて、大人になったおまえだろう、といった。


 かなしい窓、猫のいる窓、花の揺れている窓。空虚な窓、物でうまっている窓、網戸のある窓。四角い窓、まるい窓、かつて存在していたけれどもいまはもうどこにもない窓。隙間から煙が流れている窓。奇跡を映し出す額縁のような窓。終電の窓、無人の水族館の窓。


 冬の窓。農作業のためのあらゆる道具を積み込んだ、土のにおいのする自動車の車窓。スーパーマーケットの駐車場で、まっしろな窓を黒板にして、祖父は平仮名の書き方をおしえてくれた。おれは見よう見まねではじめてのひらがなを書いた。

 の

 指先が濡れた。徐々に消えてゆくその曲線は、文字だとは思えなかった。反時計回りに旋回する、魚の影にしか見えなかったのだ。


 泥棒が忍び込む窓。エメラルドのような淡が吐き出される窓。夢のなかの窓、試験場の静かな窓。生活を映し出す窓。鉄格子がついた独房の窓。宙づりの男が熱心に拭く高層ビルの窓。奇妙な表情が並んだ喫茶店の窓。しきりに開閉される窓、永遠に開かない窓。映画館の窓、スクリーンと呼ばれている窓。電子レンジの窓、人形の家の窓、そろばん塾の窓、補聴器屋の窓。


 駅のホーム。少年が、隣の少年のチャックの隙間に細い指をそっとさしこむ。無数の人間たちによる、思想上の巨大な無形構築物、の窓。ズボンにぽっかりと空いたあの穴が、そんな大仰な名前で呼ばれていることの意味を、おれは、そのときはじめて理解したのかもしれない。少年の折れそうなほど細い指が、彼の愛してやまない白い手のひらから、やわらかく拒絶されたのをまのあたりにしたときに。


 夜明け前の窓。エンゼル・フィッシュが泳ぐ窓。夏の教室の窓。アゲハチョウがぶつかって砕けた窓。ミサを終えた教会の窓。海の見える窓、庭の柿の木が見える窓。楽器と少女を永遠に隔てる窓。

 かつて粉々になった朝の宝石のような窓。

 移りゆく季節をめまぐるしく乱反射する窓。

 いつかあなたの額の微熱をやわらげたつめたい窓。

 

 

フラン

 だから、フランて名づけたのは僕だ。って、なんべんいって聞かせても母は、はいはいと相づちをうって流すんです。まったく、頭にくる。母はいう。「フランはさいしょは、北海道から来た猫だってきいてたもんだから、それなら富良野をもじってフランがいい。フランて名まえにしましょうね」そうやって母と、ばあさんで名づけたと。でもこれほんとうじゃない。僕はちゃんとおぼえてるんです。フランにさいしょにふれたときに、毛がふわふわしているからフランだ! って僕が名づけた。僕が、名前をつけたんだ。そしたら母が、「ええ、フラノだったら北海道でしょ。この子は青森なんだから」それがいつのまにか、順序がさかさまにされて、北海道だからフラン、そういうことにされちゃった。僕は母を許しやしません
 そんでもフランは賢(さか)しい猫でした。ひとの言葉がわかる。掃除機がこわいものでないとわかる。あげくに、いやがるのをむりに抱(しま)いたりすると、たとえばそれが妹なら、妹の服のたたんであるのにわざとしょんべをひっかけて仕返しする。こんな賢しい猫がいるものかと、みんなおどろいた。だから、僕はいまでもきっと信じてる、母がなんといおうと、フランは名づけ親が僕だって、ちゃんと知ってんだ。フランが知ってくれてるなら、僕はそれでいい。それで満足だ
 もともとフランは、知り合いの、犬をいっぱい飼ってる美容師のミカさんのとこに行くはずだった。母と父とが、よし猫を飼おうってんで、わざわざ山形まで車でむかえにいった。電話では、かわいい三毛(さんけ)の女の子がいますよ、というので、その子をとっておいてもらって。すると追って、白くてふわふわな、きれいなスコの男の子が来ました。どっちにしましょうかと。その話をたまたま店で聞いてたミカさんが、よければ男の子のほうをつれてきてくれないか。アタシがほしいよ。そんな話になりまして、車に猫いれる籠をふたつ、母と父とで積んでった。女の子のほうはうちの子だから、助手席の母のひざのうえで、よしよしと話しかけながらだいじにだいじに。男の子のほうはどうせよその子だからと、籠は後部座席に積んだまま、長い道のりをにゃんにゃと泣きながら揺られてきた。いまでも母はあの帰り途のフランの泣き声、わすれられないという。ところが家にもどってくると、ばあさんがフランに一眼惚れ。ミカさんの約束、あえなく反故にされ、フランはその夜からうちの子になった。そのせいかどうか知らぬけども、フランは母と父にはとうとう懐きませんでした
 まっしろで、羽毛のかたまりのようなフラン。僕はフランを、夏休みの宿題で絵に描いた。白い絵の具で塗っていたら、母がそれではいけないという。だってフランは白いんだもの。いいえ、よくみて描きなさい。ところどころ茶色かったり、ベージュにみえるところがあるでしょう。たしかにそうでした。けれどもフランはやっぱり白くて、ポッツリとピンクの鼻がさんかくにのっかっているほかは、雪景色のようなので。クリスマスにはサンタクロースのぼうしをかぶせてみたら、とってもよく似合った。お正月にはみかんをのせた。鏡もち。みんなでキャッキャとはしゃいで何枚も写真をとって。とうのフランはずっとムスッとして、不機嫌そうなのがおもしろおかしい
 さてうちの子になった三毛の女の子はちぇっちゃんといった。山形から来たからチェリー、これは嘘でなく母がつけた名まえ。ちぇっちゃんはすばらしい美人で、フランとは夫婦になったけれども、美男美女でふたりとも品があって、格があって、まさにゲルマント公爵夫妻みたいな猫の貴族でした。ただ、ちぇっちゃんもすばらしく賢しかったけれども、フランはもっともっと賢しくて、ほとんど人とかわりなかった。そのかわり、ちぇっちゃんは運動神経もばつぐんに良いのに、フランはどんくさくて、駆ければおそい、跳べばすっころぶ。そんなんだから嫁の尻に敷かれてる感じで。フランはプライドが高いから、ばあさん以外の人が気軽にふれようとするとシャッと威嚇して退ける。でもちぇっちゃんには弱くって、おそるおそるちぇっちゃんに鼻をちかづけて好意をしめそうと必死なんだけども、鬼嫁のほうはうつくしいお顔をだんだんに険しくゆがめていって、いらいらが頂点に達すると無言で肉球が空を飛び、だんなのピンクの鼻先をぱしり、とらえる。しかしね、なんべん、ぶ殴られようとも、あそぼうよ……とおそるおそるちかづいてゆくフランは、滑稽で、かわいげがあるもの
 ちぇっちゃんは、みんなと暮らしてた。じゃあフランはというと、ばあさんのうちに暮らしてたんです。そうして、毎朝、じいさんの運転する軽トラにのって通っていた。毛布をしきつめたピンクの籠にちょこんと身体をまるめて、ばあさんのひざにのって車に。赤ちゃんのころからずっとそうやって出勤する猫だったから、フランは車がすきだった。ちぇっちゃんは家暮らしだったから、たまさか動物病院にいったり、盆や正月にばあさんの家にみんなでいくときなど、ほとんどむりくりキャリーにつめこんで、やっぱりにゃんにゃと悲鳴をあげるのを可哀想にと車にのせていたものを。かたやフラン、出勤退勤の時間がくると、みずから籠にのりこんで、泰然自若、余裕のツラがまえ、なんとも堂にいっている。病院にも、いやそうな顔しつつも、人間のように黙って出かけてゆく。こんな猫っているんだろか
 ばあさんが一階のお店ではたらいてる昼間のあいだのこと。フランは物置棚の奥、直角しておかれた、たんすの影になった暗がりにフランの布団があって、そこに、こもって、らんらんとみどり色の眼を輝かせていた。自分の家はばあさんの家であって、ここではないと思ってるのだ、だから警戒心がつよくてめったに出てこない。昼飯どきになって、店からみんながガヤガヤ二階にあがってきて、親子丼を食いながらのど自慢をみている頃になると、ようやくそろそろと闇から出てきて、ちぇっちゃんと二人でお皿に並んでカリカリやりはじめる。フランは右奥歯が痛いらしくて、いつも左の頬を下に傾けてカリカリと噛んでいる。いちどにあまり量もたべない。だから油断すると嫁にぜんぶ食われることも、ありました
 調べると、スコティッシュという猫は、もともと関節があまり頑丈でないらしい。だからフランも、ああしてしょっちゅうずっこけたり、跳ぶのにしっぱいばかりしてるのだ。老いてからは、なおのこと。フランはあまり動きまわらなくなりました。出勤の間隔もだんだんあいてきて、たまに店に顔を出せば、店ではたらいているお姉さんたちが、フランくん! ひさしぶり! といって喜ぶ。ばあさんによると、フランは出勤のきぶんでない日は、朝から窓際のクッションに横になってしまって、フラン。と呼んでもピンクの籠には入ろうとしない。それでご飯だけおいてくると。賢いから、ご飯は日に何度かにわけて食べる。そのご飯もだんだんと食べ残しが多くなる。ちぇっちゃんや、娘のファニジに会えなくてさみしくはないのだろうか。と僕や母なんかは話していたもんですが、動く体力も、すきだった車にのる気力もなくなりつつあって、日がな窓際のクッションから、ながれてゆく雲や、庭の紫陽花や、つどってくる小鳥、かすんだ夜行性の視界にながめるフランの昼は、じっさいどんな感情だったのか、僕たちには知るよしもありません。そうして、フランは静かな冬の朝に亡くなりました。その五年後には、ちぇっちゃんが
 フランが死んでしまってから、ばあさんみるみる元気がなくなった。僕ももうはたらきに出ていましたから、会うのは盆と正月くらい。そのたびごとに十ずつ歳をとってゆくようで。もともとちいさかったばあさんが、さらにかぎりなく縮んでゆくようで。フランはほんとうに心の支えだったのでしょう、母は保護猫をもらってきて、ばあさんのとこに連れてってあげた。ひげ猫だったので、名まえはダリ。今度は妹がつけました。ダリと暮らすようになって、ばあさんはまた少し元気をとりもどした。それでも、少しボケてきたせいで、ダリのことを呼ぶときに、かならず「あやフラン、でねくてダリ!」といい直して、しわくちゃな顔で笑うのです。もう二階にあがるのもしんどいから、座敷におろしてきたベッドの枕元には、いつまでたってもサンタクロースのぼうしをかぶったフランの写真が立てられていた
 これは四年前のこと。ばあさんが、雪よせしてたら、屋根からおちてきた雪の下敷きになって、腰の骨を折った。そんな連絡が、夜、母からきた。もし来れるなら来てほしい。ぼくはすぐに上司に電話、仕事の休みをもらって、その夜のうちに三重から名古屋、名古屋から飛行機にとびのった。けれどもこまった。電車が大雪で遅延、地元の駅から出る最後のバスがなくなった。父も母もそばを離れられないから、タクシーをひろってくれと。でもこんな田舎で、真夜中にタクシーもありません。とほうにくれた。ごうごうと雪のふるまっくら闇に立ち尽くしていると、車輪が雪を踏み砕く、ぎしぎしって音がして、ヘッドライトの一条が、僕のつま先でさっと、闇を斬り落とした。
 運転席の窓がすーっとひらいて、まるまるとふとった、白髪にゆたかな白髭の、おそろしく品のいい紳士が、ちょっといぶかるような、まんまるに見開かれた眼で僕をふしぎそうにみつめた。こんな夜更けにひとり、どうしたんです。僕は正直に事情をはなした。ばあさんの家は、歩いて行ける距離でない。ましてや、この大雪のなか。タクシーもない。ホテルもない。すると紳士は、ちょうどその方面に用事があるのだから、送っていってくれる、という。ありがたい。僕はなんべんも重ねて礼をいって、後部座席にのせてもらった。助手席には、奥さんなのだろう。映画でしか見たことのないような黒いドレスに身を包んだ、切れ長な眼のきれいな婦人が微笑んだ。
 しかしこんな山奥の田舎で、それも真夜中に出会うには、あまりにも立派な身なりの夫婦。のみならず、その話し言葉、物腰、品性、ちょっと不気味なくらいに格調高いものがある。清潔な車内は、なにかお茶の葉のような、得体の知れない、よい匂い。まっくろな窓に映った、婦人の耳たぶには、きらりとエメラルドが光ってる。それでいてまったくいやらしさも見得も感じられない。なにより不思議なのは、きれいな都会言葉で話すから、ふたりともこの辺りの人たちではなさそうなのに、灯りもろくろくない真夜中の荒れた雪道を、この紳士はゆったりと、しかしすいすいと、まるで何千回も往復した道のように、いかつい高級車でのりこなすんです。そのあまりの捌き方に、おどろいていると、婦人は僕の心を読み透かしたように。旦那の運転は、すばらしいでしょう、これしか取り柄のないひとで……そうして彼女は、帽子に挿していた一輪の白い花を抜き取って僕に。おばあさまがご無事でありますように、と……あっというまに僕は祖母の家の門前に送り届けられ、再度のお礼をいう暇もなく、ふしぎな夫婦をのせた車は、闇のなかに消えてった。

 結局、祖母はたすかった。日に日に老い衰えながらも、庭の花に水をやりながら、なんとか今日を暮らしている……あの夜、僕を送ってくれた夫婦は、いったい何者だったのか。ほんとうは、タクシーをつかまえて、疲れのあまり夢をみていたんじゃないか。しかしそれがほんとうなら、僕は夢のなかから花を持ち帰ったことになる、それはいまも栞になって祖母の枕元にあるのだから。近ごろは忙しくって、盆と正月にもかならず帰れなくなってきた。だけれども、祖母の家を訪れたとき、やっぱり祖母の枕元の、園芸雑誌にまっしろな押し花の栞がはさまれていることをたしかめてしまうし、そのすぐ隣でむすっとした顔にサンタクロースの帽子をちょこんとのせている、なつかしい写真に向かって、ひとりきりのときだけ、そっとたずねてみることもある。僕を送り届けてくれたのは、フラン、君だったのではないのか、と

天使の里帰り

 


 ──投げやりにじゃあねと手を振った 希望が目を奪った   

                 siglyna『天使の里帰り』

 


 去年の秋頃、京王線から埼京線へと乗り換える新宿駅の地下通路に国立西洋美術館の広告が張り出されていた。
「素描展」。
 素描というからには、きっと下書きとかスケッチの類ばかりなのだ、それも国宝級の……朝の駅の雑踏、いちいち広告に足を止める者はいない。川の水がまた水によって押し流されてゆくように、誰もが眠たげな眼をこすりつつせかせかと歩んでそれぞれの職場へと散じてゆく。けれども何人かはこの美しい広告にどうしても後ろ髪を引かれるようで、ちらりちらりと振り返りながらいかにも惜しそうな様子で去ってゆくのである。かくいうおれもそうだった。
 考えてみれば美術館など久しく訪れていない。というより、まったく記憶にない。そもそもが百姓の家系の子で、芸術をたのしむ感性が希薄なのである。晴耕雨読、これに如くは無し。そう教えられて育ってきた。もちろん言葉ではなく肉体の接触をとおして。非の打ち所もない天性のプロレタリアートである。メロスには政治がわからぬが、プロレタリアートには芸術がわからぬ。鴨とり権兵衛、目下の晩飯(おまんま)代を工面することに精一杯で余力がない。芸術は物質的生活を営むうえで無駄以外の何物でもないのだから、暇人だけがそれを享受することを許される。つまり余裕が必要なのであって、原則貴族の、高等遊民の特権的遊戯である。
 と、まあ、屁のような理屈をこねていても仕方がないわけだけれども、実際おれの育った家系には絵画みたいな繊細なものを好む風土はまるで涵養されていなかったわけで、唯一の例外は母方の祖父の趣味が写真だったことだが、あれもはたして芸術と呼べるものか。父方の祖父はといえば起きているほとんどすべての時間を手仕事に捧げ、残りは鯨のように酒を飲むことに費やして死んでいった。祖父の最期を看取ったあと、祖母に残された仕事といえば家の前庭に狂ったように咲いては散ってゆく花の世話だけであり、その花も冬になれば大雪に埋もれ、この世の果てまで白一色に塗りつぶされた孤独な夜を一つまた一つと指折り数えているうちにとうとう月の光に病んで気がふれてしまった。優しかった祖母。手をつないで夏の日の堤防を渡り歩いた幼い日の遠い記憶。
 職人だった祖父にはたぶん思想など何もなかった。一生に一度だって、ロダンの彫刻のように考えたことはなかっただろう。しかし、おれは断言するが、祖父は祖父のやり方で思考していたはずだ。それはおれのように恵まれた環境で教育を受け、若い頃から多くの書物にほとんど無償で接することを許された人間とはたぶん真逆の方法だった。祖父にとっては作業と思考が別々のものではあり得なかったのだ。毎日朝から晩まで、道具を片手に単調な手作業を延々と繰り返すさまは、何も知らない人からみるといかにも無思考の象徴のように見えたことだろう。でもその実は違った。祖父にとって、手を動かすことは思考することそのものだった。脳みそではなく肉体で思考していたのである。何を? それは隠喩によってしか表現できないし、想像するしかない。もっとも、祖父はその過酷な生活の埋め合わせとして大量の酒を必要としたこと、一生を雪国の片隅で終えたこと、十一歳のときに父親が川に流されたために、六人の兄弟姉妹をその日から養わなければならなかったこと、こうした事実がすべてなのかもしれないが。
 西洋、に触れるたびにここはおれの場所じゃないと感じてきた。十年来憧れたプラハを訪れて、おれは日本永住を決意した。専攻した物理学の近代的合理性が、どこかむず痒くてしようがなかった。プルーストを読んだ過程で、感覚による拒絶が何度も生じた。最も美しいと思った都市が、最も堅牢だと信じた学問が、最も偉大だと教わった作家が、ついにおれには馴染まなかった。自分の本質はどうあがいても東洋的な領域にしかあり得ない、それに気づくのに三十年が必要だった。東洋的、アジア的なもの。マニエリスム、魔術、神秘、隠喩、文字崇拝、狂気……ことごとくが西洋に、そして古典主義に対立する。
 かつてあらゆる破壊的詩人たちが、つまりはランボーが、アポリネールが、マラルメが、強烈に憧れた世界の東の果てにはいったい何があったというのか。おれはそれを誰よりもよく知っている。そこには極彩色の楽園など存在せず、あるのは唯白一色に閉ざされた深雪(みゆき)の獄(ひとや)である。短い季節が束の間はたはたと色をきらめかせて、やがて雪に押しつぶされて土に還る、それを幾千と繰り返してきた土地である。ここに生まれた人間は、誰もこの土地から離れることができない。二度、三度と離れても、かならず死ぬ前までにはここに戻ってくる。短い夏を験(けみ)した花々とともに、その白骨を雪下に埋めんがために。その回帰衝動を郷愁の一言で片づけるのは簡単である。そんなチープな名前のつくものであってくれたら狂った祖母にとってもどれだけよかったか。
 里帰りして、その下に祖父の屍を抱いた雪の降り積もるさまを車窓からじっと眺めるたびに、おれもいつかはこの土地に戻ってきて命果てるのだろうかと想像する。そんなふうに骨になったあとのことばかり考えているのは妙なのかもしれないが、わずか半年前の盆休みには青々と一面にしげっていた夏草の匂いが、小川のせせらぎが、燃えるようなひまわりが、現にこうしてすべて死に絶えて雪に覆われている静謐を目の当たりにしているのだから、昼の短さに思いを馳せるのも仕方ないことである。
 とにもかくにも素描展。そこでおれは天使に出会った。スウェーデン国王の所有なる貴重な作品を傷めないよう、慎重な暗さにコントロールされた美術館の照明の下で。けたたましいほどの沈黙。おそらく真の傑作の前では、人は絶句することしかできないのだろう。料理をまえに、饒舌に感想を述べる余裕があるうちはこれ幸いである。神品は口にしたものを唖にする。演奏や文章もまた然り。数えるほどだが、そうした経験がないこともなかった。しかし絵で……おれは本気で天使の実在を疑わねばならなかった、どうして想像でこれが描けるだろうか。ふいに我にかえって絵の題名を見る。
『腕を組む天使』。
 やはり眼の前にいるのは天使だった。つまりは両性具有者(アンドロギュノス)である。衣服をまとっているが、骨格は男性的に思える。しかし顔は如何とも判別し難い。喉は……わずかに隆起があるような気もするが、描線のきわめて微妙な歪みである。喉に限らず、その細部は至近で注意深く観察しようとすればするほどただの線と点、つまりは二次元上の幾何学的要素に分解されてしまい意味を失うのだった。あわてて視点を引くと、ふたたび天使が立ち現れる。考えてみれば、人は線を引くことも点を打つこともできるが、天使を描くことなどできるはずがなかった。それがどういうわけで、現に天使がここにいるのか、まったく天才の技量というのは想像を絶するもの。神がかり的な力の前では、おれのように絵をたのしむ素質など露ほども持ち合わせていない感性の貧しい者ですら、感心を通り越して絶望するありさま。
 せっかく見物料を払ったのだからと、特別展のすべての絵をじっくりと見てまわり、常設展のほうも時間の許す限り鑑賞した。昼前に入場したのに、もうすっかり夕方になってしまっていた。調布へと帰ってゆく電車のなかで疲れた身体を隣人の背にもたせかけながら、おれはポケットから紙片を取り出し、題名だけを書き込んだリストを見ながらそれぞれの絵の美しさを思い返していた。心動いた絵は多くあった。が、おれはあの天使がどうしても忘れられなかった。恋をしたのである。翌々週末、あの人が故郷に帰ってしまうまえにせめてもうひと目だけでも会いたいと、再び美術館を訪れる計画を立てたが、折り悪く風邪に罹り、仕事にも出られないほどの高熱に見舞われてしまった。おれが意味をなさない線ばかりでたらめに描き重ねたような白昼夢にうなされていた頃、想い人は厳重な警備に護られて故国への帰途に就いたのである。天使の里帰り。かの人のお里は天国でも月世界でもなくスウェーデン王室である。はるか世界の西の果て。東洋的なあらゆるものから最も遠く隔てられた場所。そこには何があるのだろうか? きらめく理想郷か、あるいはやはり深雪の獄にすぎないのか。おそらく、おれは一生のうち、あの天使(エスキス)に直にお目にかかることは二度とないだろう、と思う。
 数日の後に熱は快癒した。美術館には今でもたびたび顔を出す。いないとわかっている人を、探すつもりもないのだけれども。

 

 

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