【大野球峠 第四章「ブルーベリー・ナイツ」】
<強烈高校 スターティング・メンバー>
1番・ピッチャー 東
2番・キャッチャー 森
3番・ファースト 渋谷
4番・ショート 柿下
5番・セカンド 加藤
6番・サード 栗山
7番・センター 長谷川
8番・レフト 鬼ヶ島
9番・ライト レイモンドJr.
コイントスの結果、先攻は国際教養大学野球部、後攻が強烈高校野球部になった。
「ふっ、いきなりついてやがる。後攻めだから、九回表にKOされることはない」
梶野は笑っている。しかしKOも何も、相手は大学生、それも半端なチームではない、全日本大学野球選手権覇者である。そもそも誰も勝てると思っちゃいない。そう、ただ一人、この男を除いては……
「よし、とにかく一回表を抑えようじゃねえか! 頼むぞ、森」
東はやる気まんまんである。それもそのはず、中学まで野球漬けの生活をしていた彼だが、まともな野球ができるのはなんだかんだ高校入学以来のことなのである。それにこんなちぐはぐのチームで甲子園を目指そうという野郎だから、相手がたとえ大学日本一の強豪でも恐れはしないのである。
(ククク……相変わらず気持ちのいいバカだぜ。やっぱりこいつがいねえと始まらねえな。とはいえ、やる気だけでどうにかなる相手じゃないけどな……まずはお手並み拝見ってとこか)
一回表。国教大の打者は一番・センター、アームストロングである。国籍はアメリカ。レゲエでもやってそうなドレッドヘアの黒人である。
「何だと、いきなり助っ人外国人かよ」驚く東。
投じた一球目は、125キロのまっすぐである。そこまで速くないが、ノビがあり、しっかりアウトローに制球されている。左打ちのアームストロングはその球を器用に流し打ちした。ショート・柿下のグラブをはじき、球はレフトへと転がる。鬼ヶ島が拾い、セカンドへと送球しようとすると、その瞬間もうアームストロングは二塁に滑り込んでいた。ベンチでは名将・黒船宙船がニヤリと笑みを浮かべる。梶野に麻雀でやられたうっぷんを、この練習試合で存分に晴らしてやろう。そんな大人げない心づもりである。
(フフ……世に俊足と謳われる選手は多いが、アームストロングは次元が違うぜ。こいつは元々アメフト選手で、短距離走ならオリンピックにだって出れるくらいの記録を出しやがる。特に塁間距離での加速なら、メジャーのトップクラスに比肩するレベルだぜ。高校生の肩じゃあどうあがいても止まらんよ)
ノーヒットノーランが目標だったのに、いきなりノーアウト二塁の大ピンチである。続く2番打者はライト、マイクである。こいつはカナダ人。白人である。
「おいおい、また外人かよ」
マイクはかなりのガタイだが、意外にもバットを短く持ち、手堅くセンター前に運んできた。しかしその打球の速いこと。風圧で東のベースボールキャップが吹き飛ばされた。もちろんこの一打でアームストロングは悠々生還。最強の国教大、いきなり1点先制である。
続く3番打者は指名打者のフェルナンデス。ドミニカ出身である。
「外人しかいねーじゃねーか」
(フン、何を驚いてんだか。国際教養大学野球部《うち》にはな、日本人の部員は一人しかいないんだよ。あとは全員、破格の条件で留学生として招待したメジャーリーガー候補たちだ。そいつらに腹がはち切れるほどメシを食わせて、全国トップレベルの環境で設備を使い倒して限界まで鍛え上げて、圧倒的なパワーと技術で都会の名門大学をねじ伏せて日本一になったんだよ、うちは。六大学野球が甲子園のドリームチームなら、こっちはワールド・ドリームチームってわけさ)
これが黒船宙船のやり方である。もともと四つの大学チームを日本一に導いた名将だが、弱小だった国際教養大学野球部の監督を引き受けたのはこの留学生活用プランがあったからだった。そしてそれを徹底的に実行し、本当に日本最強のチームを作ってしまった。恐るべき剛腕である。
東が渾身のストレートをまた外角に投げ込むと、フェルナンデスはそれを強打。打球は惜しくもライトポールを切れた。
「逆方向にどんだけ飛ばすんだよ……しかし、さすが日本最強のチーム、やべえ打者ばっかりで、おれも燃えてきたぜ」
ここで東の投じた一球が、はじめて空振りを奪った。2ストライク。なんと、メジャードラフト候補のフェルナンデスを追い込んでいる。
(おっ、東のやつ、早くもいい感じだな……?)梶野がうなずいた。
そして三球目、これはインハイへのまっすぐだったが、ストライクゾーンギリギリから浮き上がり、見事空振り三振を奪った。
「よっしゃあ!」吠える東。驚く黒船、ニヤリと笑う梶野。
(フッ、想定外にやりやがる。しかし、次の打者はどうかな……)
ワンナウト一塁で、バッター4番。
(こいつは、品がねえほど最強打者揃いの国教大野球部でも、間違いなくキングだぜ)
身長は優に195センチ、体重は140キロ近くある巨体である。金髪をちょんまげに結い、ヘルメットの下からぶら下げている。口ひげも金色に光っている。
しかし驚くべきはその眼である。西洋人特有のきれいな青い目ん玉だが、青すぎてアメジストのように光っている。いや、色の濃さはもはやワインである。というより、丸いのでブドウである。小さいブドウである。
とにかくこの巨人のただならぬ強打者オーラを感じとった東は、まず2球、明らかなボール球を外角高めに放った。そうして目線を吊り上げておいて、3球目は今日まだ見せていない変化球、スライダーを内角低めに投じた。きっちりコントロールされた、いいボールである。ボールはストライクゾーンから膝元に落ち込み、ボールゾーンへと外れた。本番に強い男・東の、今日のベストピッチである。バッターはすでにスイングを開始していた。並みの打者なら、いやよほどの打者でも、これに手を出してしまったら、ひっかけてセカンドゴロになってしまう。
ところが巨人はこの難しいボールを、身体にまきつくような柔らかいスイング、それでいて強烈な、ムエタイの蹴りを思わせる鞭のようなしなるスイングで、完璧に捉えた。ボールはセンター方向、場外に消えた。
結局その回、東は打者17人に14安打を浴び、13点を献上した。最強国教大野球部、圧巻の打撃力である。
憔悴してベンチに戻ってきた東に、梶野は声をかけた。
「上出来じゃねえか。第一に四死球なし。それに、あのフェルナンデスから三振を取ったんだからな。さあてめえら、反撃だぞ」
「……」
「どうした東、お前がトップバッターだろうが」
「先生、あいつ、ナニモンですか。あのブドウみたいな眼のでかい4番は。あんなバケモノ、地球上にいていいんですか」
「ああ、あいつは別格だ。最強国際教養大学野球部の主砲、メジャーリーグドラフト1巡目指名濃厚の強打者、ブルベリ愛(ぶるべり・あい)。ブルーベリーをひたすらに食べ続けた結果視力が41.0になった男だ。父親が日本人の元ハンマー投げ選手、母親はブルガリア人のやり投げ選手でどっちも金メダリストっていう反則級のサラブレッドでもある。160キロのフォーシームですら縫い目のほころびまで見える、人類最強の動体視力の持ち主だ。とにかく打席に立ってこい。まずは打たねえと、ゲームが始まらねえぞ」
東が打席に立つと、相手投手はサングラスをかけている。と、そのとき、どういうわけか相手側スタンドから奇妙な太鼓の音が鳴り始めた。ポンポンポンポン……と四拍子で、グラウンド全体に響き渡っている。
「なんだありゃあ……ま、気にしないことだな」
気を取り直してバットを構えると、130キロ半ばのストレートが飛んできた。東は何も考えずにバットを振る。打球はきれいなライナーで、サードのグラブに収まった。
「な、なんだ……ふつうに打てちまったぞ」
続いて、2番打者の森が打席に入る。東はすれ違いざまに声をかける。
「おい、見てただろうが。あのピッチャー、たいしたことねーぞ。今のうちに点とっちまえ」
それを聞いて元気を出した森が打席に立つと、たしかに130キロ前後のストレートしか投げてこない。うまくコーナーに出し入れしているが、森なら打てない球ではない。
森は、中学3年の春までは2番打者だった。パワーはなかったが、打撃技術は高く、小技が得意な上に空振りはチームで一番少なかったのだ。しかし打撃不振が続き、7番に降格させられた。それ以来自信を失ってしまい、探偵小説にはまって、高校では野球をやるつもりはなかった。
森のとらえた打球は力強いゴロだったが、セカンドのグラブにおさまった。しかし森は自信を取り戻しつつあった。
「やった、大学生の球をしっかり前に飛ばせたぞ……」
続く渋谷もライトフライに打ち取られたが、強烈ナインのムードは明るくなり始めた。
「おい、相手のチーム、打撃はやべえけどピッチャーは普通だぞ! もしかしたらおれたちでも、何点かなら取れるかもしれねえ」にわかにはしゃぐ強烈ナイン。
「いや、無理だな」
と冷や水を浴びせたのは、こともあろうに監督である梶野だった。
「なんだよ、冷めるじゃねえか先生。どうして無理なんだよ」
「お前らあのピッチャーを舐めてるだろう」
「だって球遅いじゃねーか。結果三人ともアウトだったけど、どれもヒットになっておかしくない打球だったぜ」
「バカか。あれは全部打たされてんだよ」
「打たされてるって、なんでわかんだよ」
「いいか、あのピッチャーを舐めたら死ぬぜ。あいつは大学野球界最高の投手なんだ」
「ふん、とてもそうは思えないぜ先生。いいからおれたちにまかしとけや。あいつから点とって面白くしてやっからよ」
ところがそれから2回、3回とイニングが進み、東は15失点、9失点と重ねているあいだに8番の鬼ヶ島まで強烈ナインの8人全員がいずれもヒット性の当たりを出しつつもその打球は吸い込まれるように野手のグラブに収まったのである。さすがの強烈ナインのバカたちも、事の重大さを理解し始めた。
「なんなんだよあいつ……なんで誰も打てねえんだ」
「だから言っただろ、あいつは最強のピッチャーなんだ。国際教養大学エースにして唯一の日本人部員、石田検校(いしだ・けんぎょう)。なんであいつが曇りの日にサングラスをしてるかわかるか? なんであいつが投げてる間だけ、スタンドで補欠がポンポン太鼓叩いてるかわかるか? あいつは野球史上唯一無二の盲目ピッチャーなんだよ」
「えっ!? あいつ、目が見えないんですか? 嘘だろ」
「これが本当だからすげーんだ。あいつの親父とは知り合いでな。親父は麻雀打ちだった。麻雀中、ずっとチチチチッて舌打ちしてるんだが、その音の反響で全員の手牌がわかっちまうんだ。麻雀牌ってのは彫られてるからな」
「そんなことが人間に可能なんですか」
「超人的な聴力があればな。イルカがやるエコロケーションと原理はいっしょだ。息子のあいつは、その技術を継いで、野球に活かしてやがる。あいつはあの太鼓の音の反響でその日のグラウンドの状態、打者や野手のコンディションをすべて把握して、きっちり狙った場所にフライやゴロを打たせる究極の『打たせて取る』ピッチャーなんだ」
「しかし、球は遅いから、いつかはマグレで打たれるでしょう」
「もちろん打たれるさ。大学野球にはブルベリ愛ほどじゃないにしろバケモノがいっぱいいるからな。でも試合は絶対に崩さない。あいつの大学通算防御率は2.68だ。これだけならまあまあのピッチャーだが、47試合に登板して、全試合先発で6イニング以上投げ、4失点以上した試合が1つもない。つまり驚異のQS(クオリティ・スタート)率100%、試合を作る能力にかけては世界一なんだよ」
レイモンドJr.はショートフライに倒れると、
「うーん、やっぱり石田さんすごいです、打ったつもりでも打てません」と笑った。
試合も中盤に入り、4回表、国際教養大学の攻撃である。しかしここで東に異変が起きた。すでに37失点、200球近くを投げている彼は握力が限界で、震える手からボールを取りこぼしてしまったしまったのである。
(東が投げれないなら、もうこの試合は終わりだ……)
強烈ナインの誰もが絶望した。すると梶野が立ちあがり、東のもとへと歩み寄って、転がったボールを拾い上げた。
「お疲れさん。高校デビューにしては、上等なピッチングだったぜ。今日はいったん、ベンチに下がれ。そしてこの試合の続きをよく見ておけ。勝つってことが、どういうことか、お前にもわかるだろうからよ。おう、審判!」
梶野は主審に声をかけると、高らかに宣言した。
「ピッチャー交代だ。東に代わり、梶野! おれが投げるぜ」
【第四章・完】